2025年、麺、始め!
あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
もう4月後半ですけど。
さて、2025年、一発目。
やはりまた、ラーメン記事 からのスタートです。
今年の麺始めは、こちらへ 旦那さんの バイクでぴゅーんと
ラーメン魁力屋・西大路西ノ京店

私は、みそラーメン。
珍しく、みそラーメンの気分だった。笑

旦那さんは、 京都背脂醤油ラーメン。
いわゆる「背脂チャッチャ系」で、魁力屋さんの看板メニュー。

定食の、焼きめし。

定食の、餃子。
魁力屋さんは基本、ロードサイドに出店されているので、京都市内でありながら駐車場・駐輪場も広く、バイクで行きやすいので、よく寄せてもらっています。
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美味しかったです。御馳走さまでした
北野天満宮で厄除け(後厄)参りをしてきた
さて、もう2025年へのカウントダウンが始まっていますが、さかのぼって 3月の話 です笑
ある日、旦那さんが突然、物騒なことを言い出した。
「呪われている気がする…」
常に、スーパーポジティブな旦那さんがそんなことを言い出すとは、何があったのか?と聞くと、このところ、仕事関係でやたらトラブルやアクシデントが起きまくっているとかで。
私「ふ〜ん。あ、てか今年、43(数え年)の後厄やん?それじゃね?去年、本厄のお参り行ったけど、また行っとく?笑笑」
旦那さん「行く!!行っとく!!」
どんなノリで、厄除け参り行ってんねんww
てなわけで、旦那さんの バイクでぴゅーんと
東鳥居

バイクで行く時はいつも、駐輪場があるこちらの東側の鳥居から入ります。

天神さんといえば、梅ですね。参道にも早速、ちらほら。
本殿(国宝)

御祭神は、菅原道真公。太宰府へ左遷された道真公は、失意のうちに亡くなられ、その後、京の都では天候不順や政治の混乱が続き、それらの災いは、道真公の怨霊が原因だとして恐れられていました。道真公の乳母をつとめた多治比文子(たじひのあやこ)が自宅の庭に小さな祠をもうけて道真公を拝んでいたおり、第61代・朱雀天皇の天慶5年(942年)文子のもとに道真公から「北野の右近の馬場に祀ってもらいたい」とお告げがあり、第62代・村上天皇の天暦元年(947年)現在の地に鎮座されました。北野天満宮は、二十二社の下八社(北野社)で、社格は官幣中社です。
と、この文章は、本厄のお参りをしたときの記事の まるごとコピペ です!
厄除け参りといえば八幡宮、京都では石清水八幡宮が有名ですが、今回、天神さんへお参りをしたのは、いま我が家は北野天満宮の氏子地域であるからです。ちなみに、私の実家も北野天満宮の氏子地域で、天神さんには幼い頃からよくお参りに行っていました。
京都では、区域(小学校区)によって氏神さんが決まっており、むかし、母方(京都)の先祖一族代々で暮らしていた母家のあった区域の氏神さんは、祇園さん(八坂神社)でしたが、母が生まれ育ったときの家の氏神さんは、今宮神社でした。このように、同じ家系・家でも「現在の住まい」の場所によって氏神さんが変わり、地元の小さな神社の氏神さんもありますが、大きくは、御霊神社(御靈神社)・下御霊神社・今宮神社・北野天満宮・八坂神社・藤森神社・伏見稲荷大社・松尾大社 と、8社に氏子が分けられています。
と、この文章も、以前にお参りしたときの記事の まるごとコピペ です!
もうほんと「天神さん(北野天満宮)の参拝記事」はこれまで5〜6回、「天神さんにまつわる神社の参拝記事」も合わせると10件以上、書いてきているのでww
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「思いのまま」



ひとつの枝に、紅梅と白梅が咲く、珍しい品種。
どのように咲くのかは「(その梅の)思いのまま」ということが、名前の由来だそう。
悪厄除札


昨年、拝受したものを納め、また新たに。新型コロナウイルス感染症鎮静祈願 とありました。
道真公といえば「学問の神様」として有名ですが、災難厄除や疾病退散の信仰にも厚いお社なんですよね。


またまた「名前を書いて、バキッと割るやつ」です(言いかた)
片方を奉納し、片方をお守りとして持っておくやつで、本厄参りの時と同様、また今回も。
本厄参りの時は、お賽銭(奉納料)を入れる前に一連の儀式を終えてしまい、後から急いで入れていた旦那さんだが、今回は先に入れていました。
学習しているww
目指せ!天神さん厄除け参りマスター!ww
まあ、もう次は61歳まで無いですがww

「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春を忘るな」
道真公が太宰府へ旅立たれる際、詠まれた和歌の御朱印を拝受しました。こちらは梅苑の開催時期の限定御朱印です。
(初詣)吉祥院天満宮を参拝してきた
さて、もう言うてる間に2025年の初詣の時期になりますが(笑)今回は、今年、2024年2月の初詣の記事です。
氏神様でもある北野天満宮には、しょっちゅうお参りしてるのですが(そういえば、吉祥院の天神さんにはお参りしたことがないな)と思い立ち、今年の初詣もまだだったので、旦那さんの バイクでぴゅーんと お参りに行きました。
参道

鳥居

南の鳥居

拝殿、本殿

御祭神は、菅原道真公。
菅原道真の曽祖父・土師古人(はぜのふるひと)が、第50代・桓武天皇の平安遷都に際し、桓武天皇の供として入京し、賜ったこの地に邸宅を構えたことから、菅原道真もこの地にて誕生し、成長したとされています(諸説あり)
その後、延喜3年(903年)に道真が大宰府の地で没した後、鎮魂のために、第61代・朱雀天皇の勅願によって、承平4年(934年)に建立され、道真の霊を祀ったのが起こりで、最初の天満宮とされています。旧格社は、村社。
京都で「天神さん」といえば、 第62代・村上天皇の天暦元年(947年)御神託により平安京の天門(北西)にあたる北野の地に創建された、全国の天満宮・天神社の総本社である 北野天満宮 が有名ですが、「最初の天満宮」には諸説あり、このブログでこれまで参拝記事を書いた中では、 第60代・醍醐天皇の勅願により、道真公の神霊を勧請し、創建された 水火天満宮 、 道真公の乳母を務めていた多治比文子(たじひのあやこ)のもとに道真公からお告げがあり、自宅の庭に小さな祠をもうけて拝んでいたことが起こりの 文子天満宮 なども「最初の天満宮」といわれています。
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拝殿のそばには、天神さんといえばの「撫で牛」さん。

季節柄、菊の花が飾ってありました。

こちらも拝殿のそば。謎のキティちゃんコラボ?笑


そして、こちらも天神さんといえばの「梅」紅白で咲いていました。個人的に、私は桜より梅が好きです。
胞衣塚

道真公の御胞衣を埋めたとされています。胞衣(えな)とは、お誕生の際の、臍の緒や胎盤のこと。
「産湯の井」跡

硯之水

道真公が少年時代、お習字に使われたといわれています。
文章院

2004年、建立だそう。わりと最近ですね。
倉庫

こちらは、かなり古そう。
忠魂碑

日清戦争後の1896年(明治29年)に建てられた記念碑だそう。

御祭神は、吉祥天女、菅原清公、菅原是善、観世音菩薩、薬師如来、伝教大師、孔子。
道真の祖父・清公が遣唐使として派遣された際、嵐に遭遇した折、吉祥天女の霊験により難を逃れたとされ、菅原家では吉祥天を仰するようになり、道真の父・菅原是善が自邸内に吉祥天を祀る堂・吉祥院を建立したことが起こりで、この地域「吉祥院」の地名の由来ともなっています。 第121代・孝明天皇の嘉永3年(1850年)再建。 神仏習合の名残で、仏堂建築のまま、残されています。
摂末社・五社


御祭神は、火之迦具土大神(秋葉大神)、大物主命(琴比羅大神)、後醍醐天皇、菅原家、渡会春彦(伊勢神宮の宮司で、道真公の守り役を務められた)
境外者・弁財天社

御祭神は、弁財天。

こちらにも、梅が。
鑑(かがみ)の井

弁財天社の境内にあり、道真公が自身の姿を映したと伝えられます。

2020年の新型コロナウイルス禍から数年、幾度かの緊急事態宣言や、県を跨ぐ移動の自粛などもあって、京都のまちや寺社もガラーンとしていた時期がしばらくありまして(なので、あえて積極的に地元・京都の寺社参拝を始めたのが、このブログ記事内の 寺社参拝カテゴリー のスタートなんですが)でも今では観光客の方も戻ってきておられ、また「京都はいつも何処も混んでるから嫌い」などのお申し出を受けてもおりますが(苦笑)こちらは、舞殿のそばで子ども達が「だるまさんがころんだ」をして遊んでいたりと、のどかな地元のお宮さんといった感じでした。
お昼ご飯は、こちらでいただきました。
ジョリーパスタ・西九条店
ジョリーパスタについて、詳細は関連記事へ(笑)
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私は、 エビの明太子クリームソースパスタのサラダセット。


旦那さんは、ベーコンときのこのおろし醤油ソースのガーリックトーストをいただきました。
美味しかったです。御馳走さまでした。
【リンク】ジョリーパスタ - パスタ専門店 | おいしいスパゲッティ、ピザが自慢のパスタ専門店・ジョリーパスタのホームページ
ココスに祝ってもらった日
さて。遡って、2月のとある土曜日、いつものように私の仕事終わり、お昼をどこに食べに行くか?旦那さんと話していて、ふと「ココスに行ってみたい」と思いついた。
自分の子どもの頃、または娘らが幼い頃は、ちょいちょいファミレスにも行ってたんですが、娘らも成人し、また、家の近所のファミレスが閉店したり、グループ内で営業形態を変えたりなどもあって、あまりファミレスに行く機会もなくなったんですよね。その上さらに、ココスは多分、これまで行ったことがない。
よって、行けそうな場所(店舗)を調べてみると、なんと今や、京都には1件しかなかった。
なので、旦那さんの バイクでぴゅーんと
ココス・京都梅津店

ココスは1978年、茨城県土浦市に「ろびんふっど」1号店を出店され、その後、社名を「株式会社ココスジャパン」に変更。今はゼンショーグループの企業で、日本レストランホールディングスの完全子会社です。
私の退勤時間が14時なので、例によってお昼をとうに過ぎている 中途半端な時間 にも関わらず、この日は、何組か待ち客がありました。

しばらく待って、席に案内してもらい、注文すると、ネット等でよく見かける「配膳ロボット」が持ってきてくれました。

先ずは、彩り野菜のグリーンサラダから。

続いて、メイン。

旦那さんは、チキンステーキ・ライス・スープ・ドリンクバーのセット。

私は、カットステーキ・ライス・スープ・ドリンクバーのセットをいただきました。
料理を待ってる間、なんとなくアプリを入れてみたら「誕生日月のお客様にバースデー・デザートをサービス♪」とかやっていて、ちょうど誕生日月だったので、お願いしてみました。
私は、人の誕生日やイベントには大いに盛り上がって、サプライズ企画とかをやりたがるタイプなんですが、自分の誕生日でコレ系にトライしたのは初めてでした。
店員さん「歌、お写真も付けられますが、どうされますか?😊」
だが、お子さんならともかく、さすがに 50歳のおばちゃん の誕生日で、店内にバースデーソングが流れる(歌われる?)と注目を浴びすぎると思ったので「歌とかはいいです😂」と辞退しました笑

バースデー・デザート。
こちらはロボットではなく、店員さんが持ってきてくださいました。

サービス品なのに、アイス、マカロン、ケーキ、フルーツが、盛り盛りでした。
初めてのココスで、初めてのバースデー・イベントにトライしてお祝いをしてもらい、良い思い出になりました笑
美味しかったです。御馳走さまでした。
旦那さんの仕事の下見について行った
さて、ようやく2024年です(このブログ内では笑)
1月半ばの休日、旦那さんが「校外学習(仕事)の下見に行く」と言ったので「私も行く!」と言って、ついて行きました。
まるで、3歳児。
旦那さんの バイクでぴゅーんと 向かったのは、
京都市美術館(別館)


京都市美術館(現・京都市京セラ美術館)は知ってるけど、私は京都生まれの京都育ちながら、別館があるのを知らなかった。
調べると、 公募展などの増加に対応するため、2000年に別館を開館されたそう。
あー。なるほど。そら、知らんわ。
その前後しばらく私は、東京に住んでた頃やわ。
わけあって、出戻ってきましたが(爆)
旦那さんは、施設の方と打ち合わせをしていたので、私は別館を出たり入ったりしながらウロウロしていたら、何やら、若い女の子達が群がって写真を撮ったりしていたので、覗きに行った。

&TEAM ? 何かのグループかな?
そういえば、すぐそばにコンサートホールのロームシアター(旧・京都会館)があるな、と見に行ったら、

あー、やっぱり。コンサートがあるのか。
てか、全く話についていけてない、この感じ。
着々と、中年のおばはんになっている。

さらにウロウロしていると、谷中田美術さんのトラックを発見した。
谷中田(やちゅうだ)美術さんは、 美術品の梱包運輸や、展覧会の搬入出、陳列を専門に扱っておられる運送会社さんで、私はそうした、いわゆる「裏方さん」の仕事を見るのが好きなので、停車しているトラックを見れて、胸熱になっていた。
てか、そういや、さっきの「&TEAM」とやらのトラックも「そう」だったのかもしれないな、と思い、もう一度よく見てみようと戻ったら、もう「&TEAM」のトラックは、いなかった。
そうして探検に夢中になり、そういえば旦那さんの下見について来たんだったと思い出して、京都市美術館の別館に戻ったら、旦那さんはもういなかった。
はぐれてるやんwww
うはww 迷子www
バイクを停めた駐輪場の場所さえもよく覚えていなかったので、辺りを彷徨っていると、旦那さんが迎えに来てくれた。
勝手に付いてきて迷子になるとは、まったく世話が焼ける奥さんである。
児童を引率して出かけることが多い仕事柄もあって、旦那さんはしょっちゅういろんなところに行っているので、千葉出身ながら、もはや京都人の私よりも京都市内の施設や建物のことをよく知っていたりして、旦那さんの仕事の下見について行くとなかなか楽しいので、またついて行こうと思います笑