さて。このブログでも何度か書いていますが、私はカレンダー休みがない仕事をしていて(小売業)ですが、今回のGW中は公休日+有給休暇日を連続して取れて、2連休がありました。
よって、このところ、ふと「お参りしたい」と導きのあった東山の大将軍神社を参拝してきました。
東山の大将軍神社へは地下鉄など公共交通機関でも行けるのですが、天気もよかったので、旦那さんの バイクでぴゅーんと 連れてもらいました。
大将軍神社(東三條社)
西の鳥居
延暦13年(794年)第50代・桓武天皇は平安京の造営に際し、大内裏鎮護のため、京の四隅に方位神・大将軍神(須佐之男命とも、される)を祀る社を置かれました。平安京の東のこの地は「京の七口」のうち、三条口の要地に当たり、邪霊の侵入を防ぐにおいて重要視をされていました。
第68代・後一条天皇の外祖父であり、藤原道長公の父である藤原兼家公は摂政、関白となって東三條殿を営み、その邸は景勝の美と詠われました。東三條殿は応仁の乱で廃壊しましたが、この境内に東三條社として名跡を留めています。
拝殿
境内には樹齢800年と伝わる銀杏の木(御神木)を始め、樹齢数百年の大樹がありますが、2017年、2018年の台風被害により倒木。拝殿や、荒熊稲荷社に直撃し、これらはその後、再建されたものです。
かつて、東三條殿の一帯にはこうした木々が森のように生い茂り、当時、京を騒がせていた怪鳥「鵺」の棲む、鵺の森ともいわれていました。
「鵺退治」関連記事
本殿
東三條社
白龍辨財天
荒熊稲荷社
社庫
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と、ここで、話は前後しますが。
実は、東山(〜白川)方面に行くにあたり、お昼ご飯を食べたいお店を私は 勝手に 決めていた。
先にお昼を食べてから参拝しようとお店に向かったところ、お店の前は順番待ちのお客さんで行列が出来ていた。
てか、界隈のご飯屋さんはどこも行列が出来ていた。
ひさびさに見た、この光景。
この2年、どこに行っても人がいなくてガラガラだったから、忘れていた。ここが(ここも)観光地であることを。
なんか、嬉しかった。
京都で生まれて京都で育ち、物心ついた頃から地元が「どこもかしこも観光地」だった私は「うちは、よそ(他所)から来はる人のためのまち(街)やから」という認識の中で生きてきた。
とはいえ、近年はインバウンド需要で海外からのお客さんがこれまで以上に、もうそれは爆発的に増え「ここは、ほんまに日本なのか?」と辟易したりもして、もてなす心を失いかけてもいた。
それがこのコロナ禍で一転し、人の気配のないまちになって、こんなことは、初めてだったから。
私「東山を離れよう。先にお参りに行ってから、ご飯は他で食べよう」
旦那さん「そうする?」
そうしたい。ここは「来てはる人」に譲りたい。
私達にはバイクがある。土地勘があって小廻りが利くバイクがある私達は、方向転換できるから。
運転するのは貴方だけど←←
私が参拝してる間、旦那さんは「東山を離れて、美味しいご飯を食べられるご飯屋さん」を調べてくれていたようで、
旦那さん「ちょっと走るけど、山科のお店に行こう」
山科?!え、山科?!
その発想は無かったwww
山科って「半分滋賀」やん!!
(「半分滋賀」という日本語はない)
というわけで、三条通を東へ進み、お昼ご飯はこちらでいただきました。
ココット
お店の前にあったメニュー。すごいいろいろある。で、迷ったあげく、
私は、ポークしょうが焼きのセットを。旦那さんは、サービスランチをいただきました。
どうやら昔からの常連さん?らしきご婦人の方がカウンター席にいらしていて、マスターとお話しされていた。聞くとは無しに聞いてると、久しぶりに来たら、この辺りもずいぶん変わったねとか、学生の頃、学校帰りに食べに寄っておられたとか…。てことは、もう40年ぐらいは営業されてるのかな…?
旦那さんはグルメサイトなどでの評判の良さを見て、来てみたかったらしい。お二人で切り盛りされていて、付かず離れずのナチュラルな接客で居心地が良かったです。
美味しかったです。御馳走さまでした。
【リンク】ココット(山科/洋食) - Retty
後半、「琵琶湖、再び。」に続く→ 琵琶湖、再び。 - お出かけブログ